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■ 気仙大工

先祖還り 01

 ←先人残した「真髄」を見学 →2年2ヶ月が過ぎ・・・・・長くもありあっと言う間の時間
昨年の暮れより、ドタバタと何所に真ん中があるのかの日々から、大仕事が
片付けて時間が出来ました。

何時かは歩いてみたいと考えていた時間が、エァーポッケトのような日が
出来、取り合えず「先祖・先人」が歩いた道を歩くこうと思い、思ったら吉日。

そそくさとその辺あるもの道具、デジカメを持って家を出る。

兄弟弟子のNO2兄貴が連れ添いを津波で失い、どうしているかと・・・・・
心配で内陸の施設を訪ね。すばらく振りだが、会ったら元気なので一安心。

自分の子供たちは、皆1人前になり天涯孤独の生活、介護をされているとは言い、
矢張り話と、連れ添いが傍に居たようではない。

一人もの生活は本当に寂しいものだとつくづく考える。

宮城0106

高田松原の一本松の心境だろう。前に尋ねた時よりは「絵」を1枚仕上げてあるから、
立ち上がって来たとも思える。
この絵は後で譲ってと約束して、お昼の時間が来たので、また来るねと約束して別れる。

施設の外へでたら、裏山を背に「日本の原風景」が正面に四方
田んぼに囲まれ、静かに佇む、望遠で引き寄せ何枚か写し、矢張り「先人」が手がけた
「入り母屋」民家である。
傍まで行け無いので、暫し眺める恐らく、戦後米を求めて働いたのであろう。
遠くから眺めても「気仙大工」の作に100%間違いあるまい。

遠くから見ても間違いない。「気仙大工」の作はすぐに分ける。幅高さ、屋根の形に
違和感が感じない。
多くの大工職人の足跡を見ることが出来、その建物を「誇り」として暮らしているのにほっとする。

CIMG1029.jpg

岩手県南部から、仙台近郊まで、気仙大工の独壇場である言っても過言ではない。
それを今に大事に伝える生活者に感謝するものである。
遠くから眺めても形のよさからも先人作が、多く見受けられる。

今回の「先祖・先人還り」旅はさい先の良く発見できた。
「桁行き・高さ」屋根傾斜と本当にバランスは傑作な建物である。
先人に有難うを言いたい。・・・・・・・・・・時代が変わってもこの地に精根を
こめた足跡が残るのは、「ものつくり者」として誇りに感じる。

CIMG1030.jpg

この辺にも、「ケバケバ」しい何様が暮らしているのか、漫画本か中央で活躍する
「奇人」、または奇怪な化け物のような、年代を経ると化粧の剥がれた「不美人顔」の
ような建物も多いのは民族崩壊」の走りであろうとも考えると致し方ない。

新幹線が日本の隅ズミまでくるわけが無いのに、テレビと広告の化け物に翻弄された方々の
行く末を思うと悲しい。
生命保険を掛けて見栄を張るくらい「みちのく」は豊かではない。皆錯覚からの勘違いで
あろうと思う。今回の大震災は、中央の連中が儲かりはせよ、東北は首都圏の
肥やしにしかならないと考える。
交通の便から離れた地域にはまだまだ良さが残っているのも、「みちのくである。

宮城0100

仙台の西にも、「和小屋」組の先人作が道路沿いにありました。

「敷き桁・上下梁」組の家があり近くまで行き見学、仙台から「西北」の方角だと思うが、
確かにこの地まで働きに来たのを思うと感無量である。

自動車もあまり内無い時代、依頼を受ければ病まずに来て手がけたあろう建物である。
現代はカラーの「パンフ」で説得されるのと和か訳が違う。多くに建て主依頼者は、聞き、
見ることの信用性で建ててきた証が、現在も残るのであり、口先「3寸」の
ペテン師とはわけが違うのである。
また現代のような数字を使って説得する工法と違い、多くの先人が積み上げてきた工法で
依頼された工法の信用の大きさを感じるものである。

宮城0101

古人等の「工法」は石場建てが基本、何所を吟味するか「和小屋組」を重要とした。
その結果が上(和小屋)を固める方法を編み出したのである。
多少の変化は後日手直しが効くと結う言う方法を編み出したのである。
それが楚石の上に過重がバラバラでもそれを受け止める言う工法である。
現代「学者」は過剰なまでも固めるのが丈夫さに、繋がるという錯覚に陥り、
コンクリートと計算さえ合致されば安全という考えであるから、大震災が
来て大きく痛んだでも「安全」の強烈な押し売りで、誤魔化しているのが現状である。
最後に損をするのは誰かも明白である。

今回の大震災でもこの場所より、東では大被害であるにもかかわらず、
国認めた工法は「安全」だと声を大きくして、誤魔化しているので
ある。


次回は「気仙大工」の、傑物「棟梁花輪喜久蔵」の傑作「定義如来」西方寺本堂など





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