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五感・第六感と山感を忘れた日本人?

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平成の時代、日本人の文化は「五感や第六感」が完全に鈍くなりました。
暮らして要る社会は、無能と無責任社会といっても過言ではないでしょうか。

「オイルショック」の頃からの、「ものつくり」は何処の馬の骨かも
判らん偽「学者」「研究者」「政治家(屋)」に振り回されて、国土の
発展を見た。それが時間と共に化けの皮が剥され、鈍感社会になって
しまった。

大事な「維持」を棚に上げ、又、偽「学者」「研究者」「政治家(屋)」に
頼る「アホナ」社会に化け、そして無責任横行である。
一種の欲張り社会、「無責任」横行の社会となったのである。
隣国の「新幹線」脱線事故などはその一端でもある。

それを今まで支えて来た日本は、隣国と同等ではないのか。向こうの国の
手抜き技術 (技術と言るかはなはだ大きな疑問) 技術立国もその仲間に
入ったと言っても良い。

手業を育てず、中身を知らない無能な教育者に振り回され、常にいい訳を言うのが、
先では国民の命が保障されないと見て好いだろう。

現在安定した強度を求めて、「木の集成材」をうたう木造住宅が
持て囃されているが、半永久だと錯覚して使い造られて要るが、
今回のトンネル事故と同じで、接着強度が失われる時期に地震に遭遇したら、
間違いなくバラバラが待っているのです。
その時は誰が責任を取るのかわからない。泣き寝入りが待ってるのです。

人が考え造られた物に、限界があるのを知るべきである。
トンネル事故だって、時間と共に劣化するのは当然を
知るべきである。
そして、人間が考え造られたものには限界があるのをするべきである。

技術のみで造られてきた「伝統工法」など建物は100年単位で維持補修
したら1000年を維持した奈良法隆寺をもう1度見習うべき時が来ていると
思います。

決めるは各自の心がけののみであると思う。

後悔先に立たずの戒めを思い起こしべきである。

あまり1流大学は信用すべきではないと考える。・・・・・自己責任である。


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