■ 気仙大工

「気仙大工」研究者「高橋恒夫 東北工業大学教授」

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前回のブログアップ直後・・・・・・・・・・・?

同時に、2台のパソコンがストライキでアウトでした。
昨夜、3時間も掛けて据付が完了、何とか「XP」を再興、被災地も早く再興したいです。
便利なもの不便さを身にしみました。現代は「PC」無しでは考えられません。
ブログ・メールはアウト、他人の機械に依頼して対応と、被災地はそれでなくても考えられない事の連続なのに「オンナ」心と秋の空とは昔も今も変わりませんのです。

10月26日にブログ掲載後完全にアウトでした。

「気仙・匠・年輪」を続けます。

現在の所、「高橋恒夫」先生以上の研究者は見当たりません。

「気仙・匠・年輪」序にかえて――――と次の寄稿を寄せています。

カバー表紙。。

(この天女の絵は、天保年間に寺子屋の師匠<も兼ねた染め師
「後藤清三郎殿」の画帳から借用した。
師は末崎村小田の人で、染物め型紙を描かせたら気仙一の腕前と言われた。
それもそのはず、気仙画人群の先駆、蛎崎縉斎(高田村出身)の門弟だった。
気仙大工のでデザイン力は、この師匠達によって培われていたのだ。)
縉斎(高田村出身)の門弟だった。気仙大工のでデザイン力は、この師匠達によって培われていたのだ。

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『気仙・匠・年輪』平成5年12月発行の集約は、当時の「気仙」社会は先人の功績検証に大きな理解が得られたのが大きく、東北電力の後援無しには語れない事情がありました。
現在これだけの資料を求めようとしても無理だと考えます。
平山憲治氏に相談し、今回「ブログ」での公開、全編は不可能としても、「ブログ」が再版の切っ掛けになれたら、多くの方々に読んでいただけると望むものです。
現在よりも過酷な時代を生き抜いた。ものつくり職人が如何乗り切ったかのヒントになればと思うのです。




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