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【  2009年06月  】 

「石場建て工法」の構造材

■ 伝統構法

2009.06.24 (Wed)

10年以上前に解体された茅葺民家の構造材、半分雨に晒されてきたので白太部分を削いで利用しないと、持ったいないので、倉庫から出して土場に並べた。赤身部分は全然腐食していません。白太部分は完全に腐食しているので皮取で削り取る以外はなしです。育ち時にしか用がない白太部分は駄目です。その上、水が大好きなものだから、寝かしておいても水を吸うのです。現代工法以前のつくりは丸太に斧で面をつけて、それで木ごしらいは...

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続「社説」 0621朝日新聞

■ 伝統構法

2009.06.22 (Mon)

昨日の続き伝統木造構法―匠の知恵を地震列島に  一方、伝統構法は自然には勝てないとの考えに立ち、地震力をやり過ごす柔構造に工夫がこらされている。  柱と横材でジャングルジムのような立体格子をつくる。地震の力をその構造の中に受け入れ、揺れながら分散し吸収する。土壁は揺れを抑えるが、限界を超えたら壊れて衝撃力をそぐ。  予想を超える激震に襲われたら、石の基礎の上に置くだけの柱脚がずれたり浮き上がったりし...

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「社説」 0621朝日新聞

伝統構法

2009.06.21 (Sun)

現在の住宅・家つくりは、色や形の派手な薄ペッラな家造りに感化されてきたが、もっとも大事な部分が、国民に取って忘れ去られようとしている。古来からの木組構造「柱・小屋組み」など骨太のつくり、所謂木造建築・・・・・・各々が暮らし地方・地域の日本人が育んできた伝統構法が。大きなピンチ、岐路に晒されているのです。当たり前に、目の前の「近くの山の木」で組む民家工法(伝統構法)が、基準法の大改正で厳罰法に変り、超高層...

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明治の「ものつくり」碓氷第3橋梁-2

未来が見えた

2009.06.16 (Tue)

国道から見上げる碓氷第3橋梁、しかしその橋梁上に人影が見えるので周囲で聞いたら、坂がキツイけど上れますとのこと。ここまで来て見ないのもしゃくに障るので行ってみることに、・・・・・・軽井沢側にも数台の見学の車が並び、皆ビックリしているではないの、何処から眺めても素晴らしいの一語、やはり来たかいがありました。登り坂は丸太のスベリ止めで出来た階段、息をハズマセナントカ上ることが出来た。下から見るのも良いが線路...

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「八ヶ岳」南面集落の佇まい

古民家

2009.06.15 (Mon)

木の家ネット事務局を訪た際道路を間違い、行き過ぎたところに日本の原風景に出会い、ゆっくり見学させていただきました。「長沢」集落、本当に住むところとしては今でも最高のところではないかと思ったのです。写真に写った風景、水が豊富で田んぼあり、畑も、そして山あり、緑が一杯長閑(のどか)の一語です。向かい側道路から見下ろし集落風景は「平屋建」の民家が多く、中には大きな2階建てと聞くところによると、残念なのは...

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明治の「ものつくり」碓氷第3橋梁-1

未来が見えた

2009.06.12 (Fri)

昭和30年代後半、我まだ大工見習い中に読んだ新聞記事、当時の国鉄碓氷峠線(信越線)新路線が完成、列車の速度がアップになると言う記事を読んだのを思いだした。http://www.gijyutu.com/ooki/isan/isan-bunya/usuisen/kyouryou/kyouryou.htm新線に切り替わり、明治につくられたトンネルや橋などがそのまま残り、レールのみが撤去された状態で現存されていると知った。いつか明治の先人の造ったものを近くでと思いつついたのが、...

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根継ぎと石場建て工法

■ 伝統構法

2009.06.09 (Tue)

木造建物は築100年辺りになると柱の根元の腐食が大きくなり、どうしても修理しないと永らく持たなくなり、そこで先人は色々な継ぎ手を考えだして来たのです。今回の継ぎ手は大阪城・大手門柱を大正12年に継いだ、「石浜組」の創業者「石浜太郎平」の手によって補強修理されたのを、この地大工が当時解明されてから、門柱修理に使われたのだと思うのです。4面柱の対面は「蟻継ぎ・殺継ぎ」でつくられ、長い間謎とされて来たのですが...

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奈良時代からの「石場建て工法」

木造建築

2009.06.03 (Wed)

奈良・薬師寺『講堂』、再建するため工事中に見学の時でした。現場工事責任者が1000年以上も経た歴代の工法の経過を説明してくれた。創建当時の石場石の加工は、凸そのままダボ工法で作られて、加工が本当に大変だったと想像されるのです。創建時礎石の真ん中だけ残しことはそれ以外の周囲は全部水平に削り取らないといけなかった。それはそうしないと建てた柱が横すべりの時などを支えるために施工せざる以内のです。現代のように...

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プロフィール

kanteru

Author:kanteru
終戦直前生まれの大工が
誤解・間違いの現行、「建築基準法」伝統工法に異議唱えるる大工です。「新板蔵つくりの家〜気仙大工槌蔵の家」の商標登録を取りました。貫と貫の間に、槌でがっちりと叩き込んだ板を落とし込んで壁をつくる大変丈夫な、気仙に伝わる本格伝統構造です。秋田県立木材高度加工研究所の実験では、壁倍率4倍までいきました。

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