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【  2006年04月  】 

大工の歴史・・・・民家建築研究者戸張公之助先生説

古民家

2006.04.26 (Wed)

「民族建築大事典」(柏書房)に民家建築研究の第一人者戸張公之助先生が書いた、大工編を読みました。木造建物つくる職人のことを現在、「大工」と呼んでいます。江戸時代以前の呼び方は社会の変遷によって変わってきたのです。・ 奈良時代――平安時代末=木工(こだくみ)・ 鎌倉時代――室町時代=番匠(ばんしょう)室町時代末期になってから「大工」と呼ばれたとのこと。当時、技能を身につけた職人は、長い間、国家や寺社、領主...

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33333・・・・・・・・・・にゲットを

未来が見えた

2006.04.25 (Tue)

ブログご無沙汰していましたら、知り合いからTELで3月13日の約束のアクセスカウンターが近いと・・・・・・いぇとビックリアクセス数が今日で33333になりそうで、・・・・・・・???33332~33333~33334の、運の良い方に前回3月13日同様含め3名の方に前後冊子を提供します。中味は下記のHPが発行した「百年住宅を目指して」鎌田紀彦書H17.10.25 P48 定価500-http://www.shinjukyo.gr.jp/冊子の中味は写真のとおり次のアクセス3...

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100年前に「板と砂」で造られた「板倉」

気仙大工

2006.04.15 (Sat)

しばらく周囲のことと調査でご無沙汰しました。4月8日の地元紙、東海新報1面の「記事」を紹介します。棟札に「明治38年3月」と刻まれ、大工棟梁「大和田琴治」気仙郡米崎村大字濱田、村の両雄大工棟梁で、東の「木戸脇家」の棟梁、そして西には「堀込」の吉田棟梁と明治時代に名を馳せた気仙大工です。現在、一ノ関市合併した旧川崎村の「板倉」の持ち主が、誰が建てたのかを調べているうちに、棟札から気仙から来た大工が建てたの...

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あたりほとりからの噂

気仙の辺辺(あたりほとり)

2006.04.03 (Mon)

息抜きのソフトだっていたずらしたら、あほな答えが出て笑っちゃました。ヤフーからアレの半分は何でできてる?――「成分解析」が人気(ITmedia)変なソフトhttp://tekipaki.jp/~clock/software/試しに、適当な「題」をいれました。気にしないでね。「成分解析」の結果、ははははははあーーーー● 建築設計士と入れたら建築設計士の成分解析結果 : 建築設計士の76%は努力で出来ています。建築設計士の9%は汗と涙(化合物)で出来てい...

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「木住研」さんの「数値だけではわからない木の評価」

ケセン語

2006.04.01 (Sat)

関係ブログ木についての評価は的を射たと意見と思う、自然素材である「木」が育った場所や環境も考えずに使うのは、「木」知らない方の発想以外の何もでもないのです。ものつくり全てにおいて、効率重視の時代、とにかく一番先に木が育つ「山」まで効率化の波が押し寄せ、若木の間伐の時から、根曲がり材などはさっさと間伐され、スガラ(真直ぐな材)の良いのだけを育てる愚かさは、戦後林業の大きな過ちなのです。そして全てが「...

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プロフィール

kanteru

Author:kanteru
終戦直前生まれの大工が
誤解・間違いの現行、「建築基準法」伝統工法に異議唱えるる大工です。「新板蔵つくりの家〜気仙大工槌蔵の家」の商標登録を取りました。貫と貫の間に、槌でがっちりと叩き込んだ板を落とし込んで壁をつくる大変丈夫な、気仙に伝わる本格伝統構造です。秋田県立木材高度加工研究所の実験では、壁倍率4倍までいきました。

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