『気仙の大工』プロフェッショナルパート2-建築職人等

中世に始まり現代まで続く伝統工法「建築職人」工法・人物像を追う

「あほう」はやり遂げた①

■ 気仙大工

遺訓 

「職人は馬鹿でできず、利口でできずですよ、それから中途半端じゃなおできず」
でも・・・・・[あほう]はやり遂げた。・・・・・そしてトンビの如く消えた。
口癖の 馬鹿たれが あほう。仕事も速いが彼岸に往くのも速すぎだ。
其方で今何しているのだ。

一話ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ある有名な方からの話し、「10数年前」電話での、急な話、忙しいだろうが手を貸し手繰れないか。

何で日本の最果ての「田舎大工」に、首都圏だもの昔からの大工職人も有るだろうにと疑問?。

ちょとの、電話の話は近くの花巻温泉ま出て来れないかの問い、???

チンプンカンプン?・・・・・・

まあ手を貸せの呼びかけであり断る何物もない。

面度な、それでは其方が此方に足を向けるなら、此方から往きますと返事をした。
   (個々から大きな間違いの始まり?気が付かない、ダカラあほう・・・・・だ)


スピード時代に、態々東北まで来るとは・・・・・・・・何も考え時、此方から事務所に行きますはと返事。

其処から大きな間違いの始まり・・・・・・・今思うと「ハグッタ」です。(意味は失敗の事)

(了)

七夕

未分類

保育所に行ってる孫4歳・2歳が七夕飾りを戴いたてきました。

保育士は意味は如何なのか子供に聞いても、珍ぷんカンプン・・・・・・・

昔の侍のように旗を持つと意気が上がるみたい・・・・それは感心。...

七夕

「名月(大満月)」と「9月9日の重陽」月山詣り②New

節・節

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閉門17時に間に合いません。

特別の許し得て本宮へ「重陽」参り。

三山拝詞(三回奉唱)
綾に綾にくすしく尊と 月山神の御前を拝み奉る
(あやにあやにくすしくたふと つきのみやまのかみのみまえにおがみまつる)
綾に綾にくすしく尊と 月山神の御前を拝み奉る
(あやにあやにくすしくたふと つきのみやまのかみのみまえにおがみまつる)
綾に綾にくすしく尊と 月山神の御前を拝み奉る
(あやにあやにくすしくたふと つきのみやまのかみのみまえにおがみまつる)

重陽と大満月にお参り出来 感謝する。
里人の代参、御前を拝み奉る
郷の 諸諸人等にも、「神恩」を願う。

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1日が暮れる陽

夕暮れの空に「うん」の双柱が立つ、この先良い事の「吉祥」神のみが知る。

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双柱の雲柱

見事な雲柱、天に聳えるとはこの姿なり。
狛犬の化身かも知れん。

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完全に重陽夕暮れ

双柱の間に入る。黄金が明朝に分け出でるか。
黄金色、燃え盛る赤紅の光が身体に入る。有りがたえことである。 

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重陽の一夜の宿

何度御世話に成ったろう。山番にが居るから里から上れるのです。
先日TVにも出演、元気にお参り等を迎えて暮れる。家族8人、小さな赤ん坊まで。家業だ。

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頂上小屋の入り口

冬の豪雪に壊れた石垣の修理、職人さん数名、聞くと夜明けから日の入りまで作業との事

山で働くには時間ではなく、手元が見えたら作業開始、見えなく成ったら終了と、山には山の働き

まあテレビ等は電波が良い加からか有りそうだが、下界の様なわけには行かない。

頂上より少し下ったところに、数年前まで「鍛冶小屋」も有りましたが、現在は石のの跡が残るのみ

時代なんですね。閉館して本当に頂上は昔の面影はなく、時代の趨勢ですね。

時代が進み過ぎて、神仏へ祈願する時代は亡くなった様な気がする。

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奉納 御返し御神酒で夕食

万物の恩恵に肖る庶民には、全てが銭に無くして暮らしが出来ない。

神仏に人が寄り付かない国は、人心が乱れ、他人の物も我が物、我が物も我のものの思想では

国が滅びるのは其処まで来ているのかも知れない、「狩猟社会」に切り替わり夫婦・親子・兄妹姉妹も

銭がないと、金の切れ目が縁の切れ目、己さえ良ければ「てんでんこ」大津波と同じである。

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宵の大満月

安いデジカメでもコンナに綺麗に写るんです。

望遠で撮ると凄くはっきりと、月の周りの凸凹まで、でも本当に月がデカク見えるんです。

キラキラヒッカて見えます。神仏祈願・月に祈願、日の出お天道様への祈願と

月山に登るなら、夏も良いがお盆過ぎの時期も最高である。



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9/9 真夜中の大満月

夜中に起きたら「天上」の真上から煌煌と月明かり。

下界ではこの輝きは体感できません。

だから登山家は山に上るんですね。


「名月(大満月)」と「9月9日の重陽」月山詣り①

節・節


(月山 志津口案内)

昨年8月22日(旧暦7月15日「月十五夜」)から約束事。昭和54年から頂上詣り

分け合りの、「出羽三山へ祈祷祈願」そして、仕事の「工事安全」「家内安全」の

「祈願」が最初。近所皆様と、仕事仲間の多くお参りに参加、古老曰く、昔は

羽黒山より、徒歩での「月山」への道。歩き登山詣り。

とても大変な、「願掛け」だと、普段の行いが大事と聞かされたものです。

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(月山・夏スキー場駐車場から歩く)

昭和48年から、「羽黒山」手向(とうげ)の宿坊と縁が最初、そして年に数回泊り掛けで参拝、

羽黒山周囲の 観光ポスト等を周り、鶴岡の「善宝寺」へは、「大漁祈願詣り」では「巻網船」

基地の間係で「巻網船」が大漁すると、家族関係者の羽振りも良くなるので、苦しい時の神頼み

参りが盛んに行なわれたのです。善く、巻網漁船」船主が祈祷祈願に訪れた。

・・・・・・・どんなきれいごとでも、丸いものが付かないと皆、大変だったのです。

ピ―ピ-と、中学終ると、多くの男たちは巻網暁魚船。大漁が3年も続くか、

子供等3人も乗ると、3年もせずに「家が建った」のです。止められません。

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(スキー場へ、リフトに乗り 長さ1km歩いたら1時間は掛かる)

リフト椅子208基、下山の他人と交差しながら。リフトは回る。

段々リフトが登る従い、低木木々は低くなり見晴らしがよくなり、急著参加の

鶴岡の人がリフトから降りる準備、中継受取人が見える。本当に足だけで登ったら時間が掛かるワイ。

山の天気は何とか言いますが、日暮れ前まで高い山は雲が麓から湧き上がって来る。

いよいよリフト離れ、頂上を目指して歩くが、先を急ぐ余り頂上が見えるのに気を取られ。下りコースへ

失敗・・・・・ハグッタ下り方へは、下る分その分の苦しみの登りが待っている。方向音痴だ。

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(見た目が楽だが登りおおい、?「姥が岳」コースと別だった「牛首」合流)

人生と同じ、楽有れば苦あり、兎に角あるけだ歩こう。

月山スキー場の沢の一番深い沢沿いを歩く歩く、少し頂上が見え隠れするが、

高い山だ、水が流れる沢あり、見晴らしが良いが、左に「姥が岳」左の沢は万年雪からの

小川と、右手奥は月山頂上が呼んでいる。夏山スキーには広すぎるくらい沢大きい。

姥が岳またこの沢の万年雪は想像を絶する広さだ。

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(ただただ上を目指して歩く)

写真の右奥が「月山頂上」約2時間は掛かるなと、休憩が多くなるが泊まるは今夜宿頂上小屋、

昭和54年から休憩(昼食)場として借りてきたので、今晩は「大満月」を部屋窓越し見られる。それが

楽しみである。背中には11匹の「秋刀魚」を背負い、「奥の宮」の神主等の腹に泳ぐ秋刀魚が

喜んでいる。如何に行とは「神の使い」も大変である。今年は「奥宮」20年に一度遷宮、職人等も

泊まって働いているとも聞き、背中の「秋刀魚」も氷の中を泳いでいる様だ。

写真の
右奥の高い峰が、「月山頂上」・・・・・・・・リフト降りて3時間
鶴岡の人もおない歳・一緒の相棒は10歳上タフだ。
鶴岡の方は身体が不調ながら、まだ仕事が遣れるの
自信付く事を念じる。しかしまもなく80歳の相棒も元気だ。

続きはこの後。



新規撒きなおし、息つく時間がもう無くなります。

気仙大工

不調のカバネも大分回復、今日9/1ブログ表題も新規まき直します。

どれだけ復活出切るか、見通しありませんので崖から落ちたら失礼を。

色々とありました。気分も撒きなおしします。

尊敬する亡き「大文」事、田中文男棟梁

遺訓 

「職人は馬鹿でできず、利口でできずですよ、それから中途半端じゃなおできず」
でも・・・・・[あほう]はやり遂げた。・・・・・そしてトンビの如く消えた。

口癖の 馬鹿たれが あほう。仕事も速いが彼岸に往くのも速すぎだ。其方で今何しているのだ。



可笑しくなってきた被災地

気仙の辺辺(あたりほとり)

3.11後超世の中が変動し、被災者ばかりでは多くの関係者も超可笑しくなり狂ったの言葉通り。

誰も支えられず、又、支えて呉れる力もなく、本当にダンプ引かれるように、ドレが本当か判らず。

政治も調子が良いのの話も可笑しい。

身体の変調で休みましたが、周囲を見てると誰の話が本当かどうか判らずです。

親の一周忌が過ぎ色々な人の話を聞くとどうも可笑しいのです。

当方も耳だけ立てて情報収集して本当の話を既知詰めると可笑しい...

可笑しくなってきた被災地

七夕

■ 未来が見えた

保育所に行ってる孫4歳・2歳が七夕飾りを戴いたてきました。

保育士は意味は如何なのか子供に聞いても、珍ぷんカンプン・・・・・・・

昔の侍のように旗を持つと意気が上がるみたい・・・・それは感心。

豪雪の日「まつっこ」が嫁ぐ

■ 気仙の辺辺(あたりほとり)

百年近くも北上山地の山奥で育った「赤松っ子(百年以下「子」つく)」。
季節的に2月の雪の伐採は品質に多く影響与えるので管理には人1倍神経がいる。将来
木が組みあがったとき、罅割れなどが最小限抑える工夫しないと本当に大変である。

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辺り1面が雪の「白無垢」に代わり、その純白の中、天からの「溢れ霙」滲ませて育った
周囲の広葉樹も全ても白で飾り、嫁ぎ先も知らずに大きなトレーラー台車に
乗せられ数十本の仲間と一緒に積み込まれ、古里を離れ旅立った。

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振り向けばタダタダ育てくれたこの大地に感謝、これから先は第二の故郷の
優れた若い「巧」の手に係り、形を整え、見上げられる場所に納められるには
数年の間、棟梁の考えと、創り手を待つ事になる。

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この木扱う、その棟梁はこれから、「曲がりカネ」を持つまで、台木に横たわり育てクレタ「水」が
静かに抜ける之をまで待つ、良い木、太い木ほど、「間(ま)」という時が重要である。
横に成った地で棟梁が「良し」判ったと言うまで、焦らず待とう。

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「人」と同じ。相手見つかるまで「辛抱」である。
人と違って、寝かせたる程喜ばれるのだから、根競べでもある。
其の代償は、100年も200年後の世が評価する。

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持論、現代の無理な機械強制乾燥は「木を無視するレイプ工法」とは違う。先人から工法
自然素材を持ち味を無視しでは、百年以上、土(ど)の地でも無理な構法である。
現在、国の法律は、「作り手・住まい手」に無理難題な強制法律する「国賊法」は
巨大な無駄な奨励法でもあるとも考える。

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輸送を考えて、12m物の長材を調達は「立つ木」の山元、伐採搬出者、
長距離運送業者の協力無くしては不可能であり、まして重量なども1本で3tもあり
到着地でクレーン吊り上げで1本最大重量計測できた。一年放置してどれだけ水分が
抜けるか?1年後は楽しみである。山元で「松の線虫」絡みで3月末が伐期の限界と
全て法律遵守と、勿論伐採時期を無視したのでは、最終的には住まい手は
大きな損質が生れるだけである。

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「西」の地方は、松っ子が「線虫」に食われ材不足状態と聞く、昨年被災地に「灯篭」
届けてくれた棟梁の関係者が、岩手に赤松の立つ木があるねとの話で、今回其れに
協力したのであり、自然木の超長材12mとなりましたが、不足のところ有れば
協力するは「人の道」、まあそれも、相手次第であり、交渉で天秤に掛ける方であれば
勿論お断りするのは人の道、山主・林家が潤い、山に関係する従事者が潤わないで、
中抜きでは、基も子もないでは、銭儲けの餌食であり、今回それは大きな勉強になった。

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刻み場に並べると壮観、置き場大きいほど豪快な姿である。これから、皮を剥ぎ日が
長くなり急激な乾燥は機械乾燥同じになるので、ジックリ乾燥しないと特に赤松特有の
カビの1種が含水すると「青く」なるを防がなければならない。自然相手は細心の注意を
しないと、本当に大変である。

数年前、振動実験場での現代構法支持する研究者が振動試験ではなく、正直に高度な計算式の
実験棟が倒壊したのは、「木組み」を知らない証明を自ら行なったものであり、どの様な
計算式が有ろうとも造り方知らない方々が知らない方々には詐欺師と同じで詳細な説明しれば
するほどつくり方を知らない、恥の上塗り「論法」だと身近ら認める愚かさはには歴史がない。

今回運よくこのような原木が見つかり手に入った事は本当に運の良い方で、欲しい時見つける事
本当に大変である。この木に携わる若い棟梁は幸運であり、前途明るく開ける事に期待する。

山とつくりて住まい手を結ぶ「NPO緑の列島 ネットワーク」掲げた「近くの山の木で家をつくる運動」が
14年経て、漸く国産材へ関心がも立てれた事に感謝したい。外材特に北米材「米松」ではなく
地場産材「赤松」が使われる事本当に嬉しい。

次回はもう一軒「千年家」「箱木千年家」より古い民家が有りました。?????では。


元 木の家ネット 菅野照夫

■ 気仙大工

「新帰元」 以前ブログ(あの世行くとき仏教の紹介状の 上に付く頭名)
 がそもそもの始まりです

http://kino-ie.net/interview_241.html
http://kino-ie.net/interview_242.html。
http://kino-ie.net/interview_243.html
http://kino-ie.net/interview_244.html

http://kinoie-kanno.seesaa.net/

コンナ難しい英語作「持留ヨハナ女史」出ないと発想されない方には
大変御世話になりました。

先人の作に拘り、今日まで飯を食わせていただきました。
何時になるかわかりませんけど「夕焼けこやけて日が暮れるまで」
多くの方々の御世話になり「息」を吸わせて頂きます。
吸えなくなったらお暇させてください。かなり書きましたね。
恥ずかしくもなく ああファクッションーーーーークシャミガでます。
誰か、ザマミロと鼻くそを弄っているようです。

面白かったですね。約20年以上も(表向きー裏はモット長いです。)
若い時の地元のボス(故 佐藤隆二親父・岩手県では最初の頃の建築主事)は
豪快でした。法律だからしょうがないのでハンコつかなキャとお前たつ
コセコセしない毎日が大きな声で笑い飛ばし大先輩であった。

江戸時代に、今泉に医者「大条虎介」を思い出させる日々で送られた方である。


可笑しくなってきた被災地

未分類

3.11後超世の中が変動し、被災者ばかりでは多くの関係者も超可笑しくなり狂ったの言葉通り。誰も支えられず、又、支えて呉れる力もなく、本当にダンプ引かれるように、ドレが本当か判らず。政治も調子が良いのの話も可笑しい。身体の変調で休みましたが、周囲を見てると誰の話が本当かどうか判らずです。親の一周忌が過ぎ色々な人の話を聞くとどうも可笑しいのです。当方も耳だけ立てて情報収集して本当の話を既知詰めると可笑しい...
可笑しくなってきた被災地

可笑しくなってきた被災地

■ 気仙大工

3.11後超世の中が変動し、被災者ばかりでは多くの関係者も超可笑しくなり狂ったの言葉通り。

誰も支えられず、又、支えて呉れる力もなく、本当にダンプ引かれるように、ドレが本当か判らず。

政治も調子が良いのの話も可笑しい。

身体の変調で休みましたが、周囲を見てると誰の話が本当かどうか判らずです。

親の一周忌が過ぎ色々な人の話を聞くとどうも可笑しいのです。

当方も耳だけ立てて情報収集して本当の話を既知詰めると可笑しい話がわんさかである。

申し越し周囲を見たり着たりしないと何処が落とし所かわからない。

一周期過ぎたので先を行く方々へ追いつかないと・・・・・・でも無理は禁物。次までお待ちを。

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プロフィール

kanteru

Author:kanteru
終戦直前生まれの大工が
誤解・間違いの現行、「建築基準法」伝統工法に異議唱えるる大工です。「新板蔵つくりの家〜気仙大工槌蔵の家」の商標登録を取りました。貫と貫の間に、槌でがっちりと叩き込んだ板を落とし込んで壁をつくる大変丈夫な、気仙に伝わる本格伝統構造です。秋田県立木材高度加工研究所の実験では、壁倍率4倍までいきました。

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